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東京地方裁判所 昭和37年(行モ)8号 決定

申立人 小川良 外四名

被申立人 東京都立川市選挙管理委員会

主文

本件申立をいずれも却下する。

申立費用は、申立人等の負担とする。

理由

申立人等の申立の趣旨とその理由は、別紙添付行政処分執行停止申立書記載のとおりであるが、申立の理由の要旨は、

申立人等は、いずれも立川市議会の議員であるが、申立人小川良、同福本春一が昭和三七年一月二一日及び同月二二日に申し立てた立川市議会解散請求者の署名の効力に関する異議に対し、被申立人が昭和三七年四月一八日になした各決定中、別紙添付行政処分執行停止申立書の第一別表記載の七、三六一名の署名と第二別表記載の三四名の署名とを自筆であるとし、同第三別表記載の署名簿の署名収集のための委任状に請求代表者の自署がなされていなくとも、右署名簿記載の署名は有効であるとして、異議申立を棄却した部分は、次の理由で違法である。即ち、本件解散請求者の署名の効力については、申立人等の外、高橋清蔵等からも被申立人に異議の申立があり、総数八、〇〇〇名以上の署名に対し自筆かどうかについて異議の申立があつたのに、被申立人は異議申立の審査において、五六七名の証人を尋問しただけで、他に署名者から筆跡を徴してこれを署名簿の署名と対照するなどの手続をとることなく、前記合計七、三九五名の署名を自筆と認定したのは、条理に反する認定手続で、結局、個々の署名について審査しなかつたことになり、異議申立棄却の決定は違法といわねばならない。また、署名収集委任状に請求代表者の自署を要しないと判断したのは、法律の解釈を誤つたものである。そうして、被申立人のした前記異議申立棄却の決定の効力と議会解散賛否投票施行の告示の効力とが停止されなければ、申立人等は賛否投票の結果議員の資格を奪われることとなり、償うことの出来ない損害を受けることになる。

というのである。

しかし、本件疎明資料によれば、申立人等が自筆でないとして異議を申し立てた署名の数は、七、四六六箇の多数にのぼり、且つ異議申立に際しこれらが自筆でないことについて何らの資料も添付されていなかつたことが認められるところ、かかる場合、被申立人は、その審査に当り、署名簿を点検して署名簿記載の各署名を相互に対照し、またその筆勢等を検討し、必要な場合には証人等を喚問するなど適宜の方法でこれを審査すれば足り、申立人等主張のように、各個すべてについて証人喚問ないしは自筆の筆跡を徴して対照することなどの方法をとらなかつたからといつて、直ちに審査の手続が違法であるということはできず、また本件全疎明を以てするも、申立人等主張の七、三九五箇の署名のすべてが直ちに自筆でないと認めることはできないのはもとより、このうちに、解散請求に必要な署名の法定数を欠くに至らしめる程度の数の無効署名が含まれていると直ちに断定することもできない。次に、申立人等は、署名収集委任状には、請求代表者の自署を要するから、請求代表者の自署のない委任状によつて収集された署名は無効であると主張するが、地方自治法施行規則第一一条によつて準用される同規則第九条所定の署名収集委任状の様式の備考欄には、請求代表者の氏名は、これを記載して印を押すべき旨が定められているに止まり、同条の他の様式において、自署を要するものにはその旨明記されているのとは規定の体裁を異にしていることは明らかであるのみならず署名収集委任状について、とくに請求代表者の自署がなければ、委任の効力を否定しなければならないという合理的な理由もないから、この点の申立人の主張も理由がない。

以上の次第で、申立は理由がないからこれを却下することとし、申立費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)

(別紙)

行政処分執行停止申立書

申立の趣旨

申立人小川良、同福本春一が昭和三七年一月二一日及同月二二日申立てた東京都立川市議会解散請求者の署名の効力に関する異議に対し被申立人が昭和三七年四月一七日なした決定中「その他の部分については棄却する」との決定は、申立人(原告)被申立人(被告)間の東京地方裁判所昭和三七年(行)第四二号市議会解散請求署名の効力に関する事件の判決確定に至るまで其執行を停止するとの決定を求め此執行停止申立事件進行中被申立人が市議会解散賛否の投票施行の告示をしたときは告示の執行の停止をも求める。

申立の理由

一、申立人等は昭和三四年五月一日東京都立川市議会議員に当選し其職に在る者で其任期は昭和三八年四月三十日である。

二、立川市議会議員の定数は二六名であるが昭和三六年秋前市議会議長等七名が議長選挙汚職事件で東京地方裁判所八王子支部に起訴されるや申立外高橋清蔵は七名の解職をなさんとしたところ一名毎に署名簿を作り選挙人の署名を要することを聞き免倒な手続を省くため一挙に市議会解散の請求をなすべく同年一一月二一日汚職事件は全議員の責任であるとの事由で市議会解散請求書を被申立人に提出し同月二一日代表者の証明を得て翌一二月二一日まで署名を収集し同月二六日署名簿を提出し被申立人は之を審査して昭和三七年一月一五日法定数一三〇五七を超える有効署名総数を一六〇〇八と告示した。

三、七名の議員一名毎に署名を要する解職請求の手数を省くため一挙に無実の議員の資格までうばう解散請求をなすが如きは正に直接請求権の濫用であるが全議員が汚職に関係あるように宣伝されたため多数の署名が為されたことを知つたので署名簿を閲覧し家族の一人が代筆したもの署名収集者が代筆したもの等およびたゞしい同一筆蹟のあることを発見し申立人小川同福本は左の異議を申立てた。

一月二一日付で署名は自書でないから無効である。

一月二二日付で

(一) 別用紙に署名し署名簿に貼用したもので署名簿に署名したものでないから無効である。

(二) 請求代表者の委任状の署名は自署でないからそれによつて収集された署名は無効である。

(三) 受任者でない者が収集した署名であるから無効である。

(四) 署名は自署でないから無効である。

右異議に対し被申立人は同年四月一七日付で左の如く決定し申立人小川、福本に通知した。

一月二一日付の異議に対し七一名の署名は代筆で無効であるが第一別表の七三六一名の署名は自筆であるから申立を棄却する。

一月二二日付の異議に対し(三)の二五五名の署名は無効なることを認め其他は棄却する。

(一) 別用紙は署名簿に貼用され其上に署名したものであるから有効である。

(二) 第三別表請求代表者の委任状の署名は自書を要しないからそれによつて収集した署名は有効である。

(三) 二五五名の署名は受任者でない者が収集した署名であるから無効であるが其他は認めない。

(四) 第二別表の三四名の署名は自筆で有効である。

右決定に対し申立人等は昭和三七年四月二九日御庁に別紙解散請求署名の効力に関する訴を提起し(御庁昭和三七年(行)第四二号)民事第三部に係属中である。

一、七三九五名の署名を自筆と認定した決定につき

(1) 本件の如き多数の署名の自筆か、代筆かにつき異議の申立がある以上、一応往復はがき又は書面で本人の署名を求めて署名簿の署名と対照し、署名の求めに応じないとき、署名に疑問があるときは関係人の出頭及証言を求め其宣誓書の署名と署名簿の署名と対照して自筆か代筆かを認定するのが公正妥当な方法である。昭和二五年に地方自治法を改正し関係人の出頭及証言を求める権限を選挙管理委員会に与えたのも其趣旨である。

(2) 然るに被申立人は

(イ) 往復はがき其他の書面で異議の対象となつた署名者から筆蹟を徴せず

(ロ) 本件審査の為め証人の旅費日当五千名分の予算一六五万円をとりながら五六七名を訊問しただけで七三九五名の署名を自筆と認定した。

右五六七名中には申立外高橋清蔵外三六名から申立てた九百余名の署名は自筆であるとの異議の証人及申立人から申立てた受任者が収集した署名でないとの異議の証人を含むから自筆か代筆かについての証人は四百名前後である。

(ハ) しかも右証人は代筆の率を出すため署名番号の無作為抽出によつて呼出した者である。

(3) 本件署名簿には同一世帯内の一人又は署名収集者が代筆した同一筆蹟の署名が各所に見られるのである。従つて同一地番又は一世帯内の署名を対照して自筆か代筆かを見分けるだけでなく世帯を異にし別の地番にある同一筆蹟を誰が書いたかを認定しなければならないのであるから対照すべき筆蹟なくして自筆か代筆を認定することは不可能である。

(4) 被申立人は七千余名の署名を署名簿を点検して自筆と認定したと云う、そうだとすれば経験則に反した不可能な事実を認定した違法な決定である。

(5) 署名簿の署名の効力に関する訴は個々の署名の効力の有無を対象とするものである(最高裁三三、六、一〇判決)

しかるを七千余名の署名につき無作為抽出によつて四百名前後の証人を調べて代筆の率を出し署名簿を点検して自筆と認定したと云つても不可能な事実を認定したものであつて結局個々の署名につき審査をしなかつた違法を免れない。

(6) 被申立人に署名の有効無効を決する権限があるからと云つても異議についての決定は厳格な法覊束の処分であつて自由裁量に委されたものではない(山口地裁昭和二六年九月二七日判決行政裁判例集第二巻第九号一五四七頁)被申立人の認定によつて申立人等市議会議員の資格を剥奪する前提要件を決定するのであるから其認定は経験則、社会通念、条理、公正妥当な方法によつて判定すべく七千余名の署名の各個につき署名簿を点検したとの名目で格別の調査をすることなく自署と認定する如きは到底違法たるを免れない。

(7) 本件につき自治省行政課長は抽出した証人を調べただけで本件を決定するのは違法であるから適切な措置を講ずるよう東京都地方課長に電話したが後のまつりであつた。

二、委任状の代筆につき

本件署名簿二八二冊中二一七冊(有効署名総数一二三五五)に綴込まれた請求代表者署名収集委任状の署名は代筆であつたのを署名収集期間後自筆に書直したもので収集期間中綴込んであつた委任状の署名は自書でないから無効の委任状によつて収集した署名である。従つて其署名は無効である。

請求代表者は昭和三六年一二月二一日後即ち署名収集期間後署名簿提出前被申立委員会に委任状の署名は代筆でいいかと問合わせたところ被申立人の職員石賀茂は代筆ではいけないと答えたので自筆に書直したのである。被申立人は右委任状の署名は代筆でいいと解し申立人の異議を棄却した。地方自治法施行規則第九条請求書様式には「氏名は自署すること」委任状様式には「請求代表者が二名以上あるときはすべての請求代表者の氏名を記載し印を押すこと」とあるのは請求代表者が二名以上あるときは全員で委任しなければならない趣旨であつて委任状には自署を要しないという趣旨ではないのである。

元来直接請求なるものは署名簿に選挙人の自署を求める制度である、選挙人に自署を求めながら自署を求める委任状は自署を要しないと云うのは不合理である。署名を集めることは請求代表者の重要な任務である。署名を求める以外に任務はないと云つても過言ではない、其任務を他人に委任するのに自筆を要しないとせば事務的に請求代表者の印さえあれば誰でも委任することが出来て署名運動の趣旨は没却されるであろう。

奈良地裁は署名簿の署名には自署を要件としている趣旨などから請求代表者証明申請書にも自署を要する旨判示し(昭和三三年二月二五日行政事件裁判例集第九巻第二号三一二頁)

学説は何れも代筆の委任状によつて収集した署名は無効であるとしている(杉村東大教授監修逐条解説自治要覧一一五頁、長野士郎著逐条地方自治法第五次改訂新版一六一頁)

被申立人は申立人の引用した右判例学説を誤用だとしたが被申立人の誤解である。

三、本案訴訟は被申立人の審査方法と署名簿綴込の委任状の署名を書直した時期とを証明すれば短時日に判決を得られ、被申立人の決定は取消され解散賛否の投票手続は根拠を失うことを確信するけれども解散賛否の投票は六月上旬行われるからそれまでに判決を受けることは不可能である。

しかも市議会解散請求署名の効力に関する訴は解散賛否の投票が行われれば訴の利益は消滅し訴訟を維持することは出来ない(最高裁三〇、九、二二判決)

そうすると署名の効力を争う訴を認められ被申立人の決定に取消さるべき重大な違法あるに拘らず解散賛否の投票が行われると市議会は解散され申立人等は市議会議員の資格を剥奪されると云う回復の出来ない償うことの出来ない損害を受けるから申立の趣旨の決定を得たく、濫用された解散直接請求の賛否投票が停止されても公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれはない。

仍て此申立に及んだ次第である。

(別表省略)

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